第25回 三鷹散策の会報告

 < 府中 大國魂神社を歩こう >

10月12日(土)、26名にて府中を散策してきました。
この日の最高気温はなんと30℃!日差しがきつく感じられました。

①けやき通り 源義家 像

豆知識 : 大化の改新によって武蔵国(現在の埼玉県・東京都・神奈川県の一部)がおかれ、その政治の中心地「国府」は現在の府中市に置かれました。「府中」という地名は「国府の中」から付けられたそうです。

京王線「府中」駅に集合し、大國魂神社の大鳥居へと続くけやき並木(=国の天然記念物)を南に進みます。両脇には商業施設が立ち並ぶこんなところに武者像がありました。源義家像(八幡太郎義家)で、戦勝祈願に大國魂神社へ勝利後けやきを奉植したことにちなんでいるそうです。


②大國玉神社
歩を進めて神社大鳥居をくぐり、本日のメイン大國魂神社へ。神社の起源は景行天皇(111年ー日本武尊の父)の時代まで遡ります。武蔵国の鎮守(武蔵国魂)として大國魂大神(おおくにたまおおかみ)を祀ったのが始めとされています。大化の改新後、武蔵国の国府がここにおかれると「武蔵総社」となり「武蔵六所宮」と呼ばれるようになりました。


都内でも屈指の古社、一同手水をすませ参拝しました。これからの季節、七五三詣、酉の市の他、初詣、5月のくらやみ祭り、7月のすもも祭り等、行事やお祭りがたくさんあり、常に多くの人で賑わいます。

③歴史館
境内に建つ「ふるさと府中歴史館」では学芸員さんの説明を受けました。初めに概要としてこんなお話がありました。「国府の政務機関である、”国衙“(こくが)の跡が30年余りに及ぶ発掘調査の結果、この大國魂神社の境内および、その東側一帯に存在していたことが確実となり、さらに、その中枢施設”国庁”とみられる大型建物跡も発見されました」。


1階では、出土遺物品の展示の他、市内公立小学校児童に配布されている「郷土かるた」をデジタルゲーム化したもの、奈良時代の国府風景をCG再現した「国府バーチャル百景」など、子どもからお年寄りまで楽しみながら歴史を学べる工夫がされていました。

2階へ上がると学芸員さんから「今日の新聞は読まれましたか?」「昨日はどうでしょう?」という質問がされました。「う~ん、今朝もお弁当作りで忙しく、一面しか目を通していないような・・・」と朝を振り返っていると、目の前のガラスケースには、なんと「100年前の今日の新聞」が収められていました。なんでも市内のさる御宅からお借りして、毎朝入れ替えで展示をしているとのこと。多少色あせているものの、活字は判読可能です!新聞の大きさって当時から変わっていないのですね。
④ー1100年前の今日の新聞 ④ー2今日の目玉記事は・・・



⑤安産祈願の絵馬
歴史館を出て境内を散策します。大國魂神社は福神、縁結び、学業成就、厄除けが有名ですが、面白い絵馬を発見しました。「安産祈願」の絵馬です。女性が手を合わせているのが「安産祈願」、子供を抱いているのが「安産御礼」です。鎌倉時代、源頼朝の妻 政子も安産祈願に訪れています。さらに興味深いのは、この絵馬が神符授与所ではなく、街の老舗文房具店で売られているということでした。




境内の東隣には、歴史館で話のありました「国庁」とみられる建物を、その柱跡を頼りに復元整備した「国史跡 武蔵国府跡」があります。この建物の全体像は歴史館「国府バーチャル百景」で見ることができます。現在は整備地のすぐ裏に民家があります。ガラスを張り、その奥にも柱を映すことで、当時の建物の大きさを想像できる工夫がされています。
⑥ー1武蔵国府跡 ⑥ー2朱塗りの柱

⑦高札場
神社は旧甲州街道に面していますが、この旧甲州街道を70mばかり西へ、府中街道と交わるところに高札場(こうさつば)があります。高札場は江戸時代、掟書、法度、犯罪人の罪状などを一般庶民に知らせるために設けられた公共掲示板で、御高札または札の辻と呼ばれ、交通の要路など人目につきやすい所に建てられたものです。ここが宿場町でもあったこともわかりますね。府中に現在あるものは、大きさの点からも非常に珍しいもので、多摩地区では他に東大和市にあるだけなのだそうです。



今回の散策はここまで。強い日差しに喉は乾き、お腹も空いてきました。大鳥居脇の大イチョウを背景に記念撮影。神社のお隣にある「モナムール」にてイタリアンランチをいただき、お開きとなりました。
集合写真


次回は、2014年1月の開催を予定しています。今回残念ながら欠席された方、次回ぜひご一緒しましょう。
 

(撮影&コメント:三鷹散策の会)

(kbt)